「暁の戦士とはこの程度か?」 兵の冷たい声が響き渡る。その言葉は青年の心に刺さった。何度も挑みかかるが簡単に制されてしまう。何度打ちのめされたことだろうか。 ――その夜、青年は姿を消した。

 宰相により、許可を得て紹介された先は宰相府の最も精強な兵がいる場所、護衛騎士団。宰相府は人間を当てにしていないが、この部署だけは極限まで鍛え上げられている。宰相をして殺人機械に近いとも評されるほどにだ。  宰相府とはいわずとしれたニューワールド最大の規模を誇る帝國の中心国家である。ニューワールドを取り纏める関係上共和国との関係も深い。様々な人が集まるのはこの国は他では考えられない程に厳しいこともあるがそれを上回るメリットをもたらすからだ。人が多いことはすなわち様々な出会いがある。
 姿を消した青年は初めて踏み入れる砂漠に思うように歩けず、遭難しかけていた。
「あ、こんなところに人が落ちてる。」 砂漠の民の格好をした少女が器用に砂丘を駈け降り、青年の顔を覗き込んだ。青年は極度の温度変化にやられており、それを見た少女は抱え込む用にして水筒の水を口に含ませる。朦朧とした意識の中、突如起きた出来事に彼は思わず抱きついた。
「きゃあ!」 砂漠の真ん中に絹を裂くような悲鳴が響き渡った。




「すみません、すみません……」
平謝りである。
「いいってことよ、兄ちゃん。」
 人懐っこそうな微笑みを浮かべた髭面の商人が簡易寝台の横に座り語り掛ける。その背に隠れるように先ほどの少女がちらちらと青年の方を見ていた。
  その夜、人の暖かさに触れた彼は故郷のの家族のことを、そして大切な彼女のことを、想いながら眠りについた。そう、この満天の星空はみんなのことも見下ろしているのだろうか。




 冷たい目が睥睨する。その圧力に耐え切れなくなった青年が思わず打ち込んだ。その刀はやすやすといなされて、そのまま一歩踏み込み、寝かせた刃で胸板を貫いた。

 はっと目を覚ます。逃げ出したあの日から眠りにつくたびに見たこの夢。簡易寝台から起き出ると青年は外の空気を吸いに出ることにした。
 外に出ると想像以上に空気が冷たい。そう。砂漠という地形は昼は暑く、夜は寒い、寒暖差の激しいものである。

「ん、兄ちゃんどうした?」
 起き出して来た気配に気がついた見張り当番をしていた髭面の商人が声をかけてきた。パチパチと爆ぜる焚き火を二人で囲みながらとつとつと青年はここまであったことを語り始めた。

「そうか、兄ちゃんも大変だったんだな。確かにこの国は強い国だし、自由な国だ。だけどな……」
 とたんに声のトーンを下げて続ける。
「この国は恐怖が支配する国さ。大きな力というものはとても怖いものだ。」
 空を見上げた。そこには遮るものは何もなく、満点の星空が広がっている。まるで、宝石箱をひっくり返したかのようだ。
 もう一度、青年の目を見据えた。焚き火にて揺れる光源が、真剣な顔をする商人を照らし出している。
「――それでも、力を求めるかい?」
 青年ははっと息を呑んだ。
「……その先に待っているのは破滅かもしれない。大きな力というものそれくらい危ういバランスの上に成り立つんだ」


 強くなりたかった。じゃあ、何で強くなりたかったんだろうか。ふっと、恋人の姿が頭によぎった。かつて夏祭りで出会ったあの娘は青年よりも優秀な戦士としての資質を持っていた。いつか、この手で護れる様になりたい。
 そう願って修練した日々があった。
 そう。いつだって大切なことは単純だ。

 その力を得るために青年はこの武術留学を決めたのだ。




 砂漠には砂漠の過ごし方がある。宰相府に生きる人間は同時にこの砂漠とも付き合って行かなければならなかった。ここには砂漠装備をはじめとした他の国では見られない装備がある。移動しにくい特性はそのまま攻め込まれる場合においても重要な天然の防壁となる。 ましてや慣れないもの達が行軍をする場合、どれほどの損害を出すかは計り知れなかった。
 この環境を用いた考え方も重要な示唆をしている。力の強弱は純粋な戦力のみでは決まらないということもその一つである。

 また、様々な国の人との出会い。それは様々な技を見るチャンスである。宴の席で見せた剣舞や演舞も国によりさまざまであった。これらの型と言うものは武術の凝縮と言われる。魅せるためのものであろうと、その中には動きの必然というものがあるのだ。つまりだ、その武術の育ってきた環境は嘘をつけない。そのため一端をみることすら一つの勉強となりうるのである。

 そして、宰相府藩国護衛騎士団。この排除と護衛の役割を持った半ば戦闘機械として動く戦闘のエキスパートがこの国にはいる。制式武器である光剣を携え、躊躇いなく排除を行うその姿は宰相府藩国にふさわしいものである。
 当然ながらその役割である効率よく排除するための技を備えている。これらは学ぶべきところは多いだろう。攻める方としても護る方としても、これを知っておくことで様々な対処も対応もできるはずだ。