IDOL



暁の円卓のアイドルの系譜の黎明期を支えたものとして二人の名が挙げられる。
一人は「みんなのアイドル」として親しまれたお姉さん、神奈川ユミー。
そしてもう一人は後に5大オーディションすべてに参加し健闘し、カリスマアイドル世代の一人として大いに世界にその歌声を響かせた少女である。
その名を明ノ星みかかという。

明ノ星家は暁山に源流を持つ家で、温泉街に住む一家の長女として生まれている。
暁生まれでありながら運動があまり得意ではないという、致命的な欠点がありながらも天運と言うべきか魅力的な瞳とその歌声で詩姫の候補に運よく滑り込むことで、生き残ることができたのである。その歌声は人を惹きつけるが、詩姫になることは至難の業であることから、人々に夢を届ける、”アイドル”の道を志すようになった。
その運動神経のなさは周りにも有名で、それならいっそ”アイドル”を目指せと応援されていたのである。
そんな、暁から生まれたアイドルの物語。





−出会い−


みかかと明美がであったのはほんの偶然であった。事務所に候補生として迎え入れられたのは実力とはいえ、雇われプロデューサーの明美に才能を見いだされなければ埋もれてしまっていたかもしれない。

立ち並ぶ候補生を足を組みながら見まわすと、ひとつずつチェックする。
その中で一人の女の子に目が留まる。
(いい目をしてるのね。声もいい。)
「ねぇ、あなた。」
「は、はいっ。」
小動物のように見上げるその瞳はまるで宝石の様で、明美はステージで輝かせたら素敵だろうなと、と感じていた。
(決めた。)
ばっと優美に立ち上がる。その姿は華麗である。
「アイドルになりたくない?」
にっこりと微笑むお姉さん?が手を差し出すとみかかはそのインパクトにたじろぎながらも迷いなくその手をとった。





−Audition−


 明美が連れて行った先は歌でデビューを決めるボーカルオーディション会場であった。
 ここにはアイドル候補生が何人も緊張した顔で立っている。
 その中でも一際緊張している女の子がいる。緊張を通り越してもはや蒼白といってもいいぐらい血の気がない。
 一人ずつ、自己紹介及び歌を披露していく。
「あああ暁の、円たきゅ卓から来ました、明ノ星みかかといいますっ!……で、では一曲聞いて下さいっ!」

 声を出すと少しずつ軽くなる。
 その次の瞬間、歌という名の翼を彼女に見ることになる。
 これが伝説のカリスマアイドル世代の一角と呼ばれた明ノ星みかかのデビューであった。





−ファーストレッスン−

「おおお、おはようございまひゅっ!」
微妙に噛みながらも朝の挨拶をする。プロデューサーはニコニコしているけども何か雰囲気が違う。
みかかは首をかしげた。出会ったときはもっとピシッとした格好だったはずだ。

……数十分後二人は街に出ていた。

「あの……プロデューサー……?」
「何かしら?」
 何か間違ったのではないかと不安げな顔のみかかと平然としたまま受け答える明美。
「今日ってレッスン初日ですよね?」
「ええ。」
 さも当然のように明美は頷く。その姿に余計に混乱が増す。

「何でいきなり遊びに……?」

 遠い目をする明美。当然ながらその先には何もない。
「アタシなりの考えに基づいた結果……とはいえ、説明するのは難しいわね。」
「そ、そうなんですか……」
 ?がたくさん浮かび、よくわからないといった感じの表情でみかかは明美を見た。

「ただ、1つ言うとすれば……」
「は、はい」
「オカマは臆病なのよ……女以上にね。」
「む、難しいです……」

 考えすぎてゆでだこのようになったみかかの肩をぽんと叩くと明美は前に歩を進めた。
「ええ。だから今は難しい話は抜きにして、たっぷり遊ぶ。たっぷりリラックスした後は、行くわよ。ファーストシングル!」
「はい!」

 考えても本当にこれでいいのかなんてわからない。でもこれだけはわかる。
 このプロデューサーは本当に考えてくれているのだろうということだけは。





−暁の円卓にて−

コーン、コーンと、槌が振り下ろされる音と共に木製のステージが少しずつ組み上がっていく。
簡易組でありながら強度を保つこの組み方は、電気はあるとはいえ、木製建築を主体とする神聖巫連盟及び、そこから学んだ暁の円卓の理力建築の技であった。特に暁の円卓では通常より運動に長けているがゆえにこのような建築でさえそれなりの強度を必要とする。しっかりと噛み合わせ、荷重の分散がなされなければ、衝撃によりステージの崩落すらありうるのだ。
だからこそ手を抜けるはずもなかった。

このステージ、みかかにとっては凱旋である。初めて触るソードマイクと楽奏士による生演奏、そしてその演奏を増幅し、会場全体を盛り上げる重奏士に戸惑いを覚えるが、ステージに立ってリハーサルに臨むと、スイッチが入ったかのように集中力が高まる。

「ここにみんなが来てくれるんですね。プロデュ…」

(そっか……)
 新しいプロデューサーにも慣れ、いくつもの仕事をこなしたはずなのに、思わず苦笑するしかない。いつものように後ろに堂々と立っている気がして思わず振り向いてしまうのだ。

 視界の端を何かが通りすぎた、……気がした。





−凱旋ライブ−


三万人。

暁の円卓では破格の数字である。何故ならこの国における最大の輸送手段は馬車であり、それさえも街道整備の遅れより満足に稼働しているとは言い難かった。それを踏まえるとこの数字がいかに破格であるかがよくわかるだろう。

みかかは眼前の光景を半ば信じられない思いで見ていた。

「みんな! ただいま!」

胸一杯の気持ちが溢れ出し、紡ぎ出た言葉。みかかは精一杯小さな身体を使って会場全体に声を届けると、まるで会場自体が震えたかのような返事が返ってくる。

なによりも求めていた暖かい声援がそこにはあった。





−ライブの終わり−

アンコール曲を歌い切ったその瞬間を見届けると、余韻に浸る会場を後にする。
(また一回り大きくなったわね、みかか。)

「……声をかけなくていいんですか?」
「ええ。あの子にアタシが教えられることはもうないわ。会えば辛くなるだけ。アタシのやり方は間違いじゃなかった、あの子はそれを証明して見せた。それだけで十分よ。」
「……そうですか。」
その顔は晴れ晴れとしていた。空も祝福しているかのようなすっきりとした晴れ模様だ。

「夢を叶えたのね。みかか。」
空に向かって、呟く。

「……明美さん、何かいいましたか?」
「いいえ、なんでもないわ。」

空はどこまでも澄みわたり、今日という日を祝っているかのようだった。






−エピローグ−

確かにかつてみかかは明美に伝えていた。あの噛み噛みだったみかかが自分の言葉で伝えた精一杯の夢だ。


「……いつか、いつかですけども。故郷で歌いたいです。」
「そうね。アナタならできるわよ。」

そう、あの日も今日のように澄み渡る青空だった。

アイドル、それは女の子の可能性を体現するものなのかもしれない。
世代の最高峰は取れなかったかもしれない。だが、みかかはその一つの完成形を見せてくれたのだろう。

そして今日もまた、どこかで未来のアイドルを目指している女の子が挑戦を始める。
それはみかかに憧れてかもしれない。
それはただ歌を届けたい祈りに近いものかもしれない。
理由なんてそれぞれでいい。
こうしてアイドルは生まれ、そして巣立っていく。そこに確かな輝きを残して。

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